考えるメディア How to make an alternative media

STYLE Works & Alternative

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Business Outline

スタイル株式会社の主たる業務はメディアのプロデュースおよびプロダクションワークの組成および運営、そしてそれに付随する業務、ということにしている。従って「コーポレートサイトを作ってください」などというオファーをもらった次の瞬間から当該クライアントの意向とは無関係に「このサイトはどうやったら面白いメディアになるか」という視点だけに集中したプランニングプロセスが起動してしまうので、「あ。いや、そういうつもりじゃないんです」という場合は問い合わせなども含めてあまり弊社に近づかないほうが無難である。

周知のように「メディア」は、極めて広範囲な解釈を可能とする曖昧かつ深淵な概念の割には比較的気軽に使われる傾向があり、新聞・雑誌・テレビ・ラジオのようなマスメディア(もはや「マス」というほどの影響力を行使できていないような気もするが)から、態度変容を促しつつ自身は触媒としてしか機能しないモノすべてをメディア(medium)と呼ぶ人まで、そのレンジ(幅)は非常に広い。さらに拡大解釈すれば、世の中にある森羅万象すべてがメディアだ、といってもまんざら間違いでもないので、つまるところ「メディアのプロデュースを仕事にしています」と宣言したところで「だから、何?」くらいの説明にしかならないことくらいはわきまえているつもりである。

従って、自分が過去にやってきたことを見ていただき「ああ、こういうモノをメディアと呼んでいるのね」と一部の人に理解していただければ御の字であって、それは「正しいこと」でも「やるべきこと」でもなく、単に「好きなこと」に過ぎなかったのだ、ということが最近判ってしまって少々落胆しつつ、それを外向けには「alternative(代替的手段)なのだ」と言い張ることで少しだけカッコつけたりはしている。

「メディアはいかにあるべきか」というメディア論争はたいていの場合、「どうやったらもっと儲かるか」および「ジャーナリズムはどのように実現されるべきか」の2つの視点を織り交ぜながら適度に盛り上がったり炎上したりすることになっているが、筆者の場合、やりたいことを継続できる程度には儲けたいけど、それ以上のことについて議論することにあまり興味がない。これは何を以て「正しい」というのかが自分自身よく判っていないのと、「正しい」は実は非常に難しい概念だということをよく理解しているつもりだからだ。

ある言説を「理解して」「共感した」としても、その価値の正当性・妥当性は文脈(context)や状況に大きく依存することに加え、「言語(言葉)」を利用することで共感できる範囲は予想以上に狭い(「LINE」のスタンプのほうがよほど共感できる)。従って本来「alternativeなメディア」に求められているのは、「斬新な編集方針」とか「画期的なデザイン」といった「コップの中の嵐程度」のような話しではなく、「触るだけで理解できる新聞」のような跳躍ではないか、というような気もする。個人的には「化粧品」のような、もっと「触覚的」なメディアがこれから面白くなるだろうと予想しているので、例えば「資生堂が読売新聞に対抗する妙なメディアをぶつけてきた」というようなことが起きたら面白いな、などという妄想を膨らませたりしつつ、日々地味に仕事をしているわけである。

そもそも「正しい/正しくない」は論理の積み重ねで構築されているはずなので、カウンターになる論理をぶつければ、簡単に粉砕することができる。例えば「コロンブスの卵は正しい、なぜなら....」という論理展開を破壊したければ「コロンブスの卵は間違っている、なぜなら.....」という論理展開をぶつければよい。不良設定問題は解が一意に決まらないので「正しい主張」をぶつけ合う行為は時間の無駄なのだ。それに比べると、論理的な説明を展開できない「好き」という感情には、まるで素数のように分解不可能で強力な結合エネルギーが内在する。つまり第三者からの論理的攻撃に対しては極めて堅牢である(但し、たまに自滅する)。「好き」が無条件に信用できるのは、なんらかの生理的な感覚、もしくは体性感覚のようなものに基づいているからだろう。人を好きになるときに論理が先行している人(e.g.美人だから好き、お金持ちだから結婚する、など)を好きになれないのはごく普通の一般人の感覚であり、自然の摂理でもあると思う。

さて、一般的なコーポレートサイトにある「会社概要」や「代表取締役ご挨拶」は多くの場合、自画自賛の集大成、厚顔無恥のオンパレードである。で、こんな自慢を固定的に表示しておくことになんの意味があるのだろう、というか、かなり恥ずかしい(評価というのは通常は第三者の仕事であって、自己評価ほど貧乏くさくて信用できないのは日本経済新聞の「私の履歴書」の中の経営者・事業家編を読めばご理解いただけるだろう。但し、研究者や芸能人、作家などによる同コラムはたいていの場合、とてつもなく面白い)と考え、創業以来、1ページだけの貧相なhtmlを表示していただけなのだが、「もっと真面目にやらんかコラ」という周囲の声に押し出されつつ、このような駄文を書いているわけである。

というのは実はウソで、もともとこのサイトは『考えるあかり』という、2015年8月に創刊した「光と五感の可能性を探る」専門誌を母体にしている。あるLEDメーカーからの依頼で作った「(もはや死語になりつつある)オウンドメディア」としてスタートしたのだが、スタート直後に件のメーカーが「カネがない」と言い出し始めたことで、スタイル独自の自主企画としてしばらく運営してきた(以降、LEDの光は生理的に受け付けないカラダになってしまった)。しかしどうせ身銭を切るのなら、もう少し自分の興味範囲や商売ネタに引き寄せてしまえ、ということで、若干の拡大解釈(「光」も「灯り」も当然メディアである)を付け加えつつ「考えるメディア」としてひっそり再創刊した。で、そこにこの会社案内ページ(このページのこと)を貼り付けた、というのがコトの真相である(絶賛スポンサー募集中)。

前述のように「これからの面白いメディアは触覚的(haptic)なものだろう」と考えていたこともあり、この「考えるあかり」の記事(感性に関するものが多い)はそれぞれが実に読み応えがあり、品質の高いものが揃っていたので、「考えるメディア」上でも引き続き表出させていただき、また多くの執筆陣に原稿をお願いしていくことを予定している。そしてこの「考えるメディア」をベースキャンプにしつつ、他のスタイルのメディアや、信頼する出版社や新聞社数社との協調行動、あるいは新しいメディアを作って行く、という事業を想定していることをここにご報告する。

Company Profile & Results

会社概要

社   名
スタイル株式会社(Style Corporation)
設   立
2004年(平成16年)10月1日
資 本 金
1000万円
代表取締役
竹田茂
従 業 員
10名

業務実績

日経BP社における主要ビジネスメディアや様々な実験的メディアのプロデュース経験をベースに、2004年に同社を退職しスタイル株式会社を設立。理化学研究所、産業技術総合研究所、編集工学研究所、紀伊國屋書店、東京工業大学などのネットコンサルティング業務を皮切りに事業を開始。某新聞社の会員制サイトのプロデュース業務を委託されたことをきっかけにメディアプロデュース業に主軸を移し、2007年にはアジャイルメディア・ネットワークを設立(設立発起人・外部取締役。2016年現在は社外監査役)およびワイアードビジョン(現在のwired.jp)を創刊。2010年に通信業界向け専門誌『WirelessWireNews』、2014年に『小さな組織の未来学(日経BP)』などを創刊。また2015年は『マガジン航』を事業統合、同年、中年サラリーマン向けの起業術を指南するビジネスモデル不在の「42/54」を仲間と創刊(個人的に言いたいことはこのサイトに執筆中)。
早稲田大学大学院国際情報通信研究科非常勤講師(1997~2003年)編著に『ネットコミュニティビジネス入門』(日経BP社、2003年)など。

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